恋愛における男女心理「どうして?」編①

高島心理カウンセラー

2019/4/11

「どうして裏表反対のまんま洗濯機に入れるの?」
「どうして友だち連れて来るなら連れて来るって連絡くれないの?」
「なんで思っていること話さないの?」

「どうして買いもしないのに一軒一軒見て回るの?」
「さっき会ってきたばかりなのに、どうして帰ってきてまたそんなに電話で何時間も話せるんだ?」
「なんでスイーツは別腹!って言って食べるんだ? ダイエットするって言ってるのに…」

男女間でよく交わされる「どうして」。
あなたも心当たりありませんか?

「ある」という方、ある意味、正常な関係と言えるかもしれません。
そして「ない」という方は、もしかすると危険水域かもしれません。

さて、この「どうして」。
言語的には、理由を問う語になります。

では、心理的にはどうでしょう。
本当に理由を知りたいんでしょうか。

例えば、「どうして裏表反対のまんま洗濯機に入れるの?」は?
「あの人が服を脱いだまんま洗濯機に入れるのはどうしてなんだろう?
もしかすると、裏表反対の方が汚れがよく落ちるのかもしれない。
きっと何か素晴らしい理由があるはずだわ。
だからその理由を教えてもらおう」
なんていうことは…ないですよね。

理由を知りたいのではなく、相手に改めさせたい。
つまり、理由がもっともであれば洗濯物は裏返しでも構わない、にはならないはずなんです。
そうではなく、洗濯物はいつも必ず直して入れてもらいたい。

正しいのは自分で、間違っているのは相手。
何とかして自分の望むように、相手に行動を改めてもらいたい。
つまり、望んでいるのは相手の変化であって、理由ではない。

 

ところが、この「どうして?」。
コミュニケーション的には問題が生じます。
先ほど述べた通り、「どうして」は理由を問う語。
だから、言われた方は当然理由を述べます。

そして、ここで悲劇が起こります。
スペリーやガザニガの分離脳(左右の大脳を接続している脳梁が切断された状態)患者に対する研究から導き出されるのですが、人間の左脳は、それらしい理由を即興で作り上げるのです。
それも自動的に。
そしてそれは、本人にとっては「分からないから適当にでっち上げた」という意識ではなく、言葉として出た瞬間に、本当にそう思っているのです。

服や靴下を洗濯機に入れるのに、脱いだまま入れるかどうするか、じっくり考える男性はいないでしょう。
裏返しになったものを直して入れる男性にせよ、脱いだまま入れる男性にせよ、習慣として何も意識せずに行っているはずです。
ですから、理由なんてないんです。
習慣として、脱いだまま入れただけ。

ところがそこで、こう聞かれます。「どうして裏表反対のまんま洗濯機に入れるの?」
聞かれた以上、男性は…。
もっと正確に言うと男性の左脳の言語野は、何とか状況に合う合理的な理由を作ります(専門用語で作話と言います)。

「親に教わらなかったから」
「汗や皮脂は服の裏についているんだから、裏返しの方がきれいになる」
「干すときに直せばいいだろ。それが愛情ってもんだ」
・・・・

そして、これらの作話した理由が男性の口をついて出た瞬間に、まさに自分自身がそれを信じてしまうんです。
本来は、何も考えず習慣としてやっていただけなのに。

理由を聞かれたら、何とか状況に合う合理的な理由を作り上げる。
そしてその瞬間生まれた理由は、本人にとっては無理やり作ったものではなく、さも自然なこととしか意識されない。
そんな、脳が本来的に持っているはたらきが、二人の間の悲劇を生むんです。

さらに悲劇は続きます。
作話を聞かされる方、つまり今回の例でいえば女性の側の心情です。
その理由では納得がいかない。
屁理屈としか感じられないんです(客観的には誰もが屁理屈としか思えないでしょう)。
その屁理屈を相手は大まじめで言ってくる(作話ゆえに)わけですから、始末が悪い。

では、こういった悲劇を避けるために、どうすればいいのでしょう。
「どうして」と理由を問う語が悲劇を生み出すきっかけですから、それを使わないコミュニケーションが考えられます。

例えば、「洗濯機に入れるときに、裏表を直してほしいの。ちょっと面倒かもしれないけど、あなたのそのひと手間で、家事がグンとはかどるのよ。それに、あなたの愛情も感じられるし」
「どうして…」と理由を問うよりはずっと期待ができそうです。

もちろん会話を一つ変えたぐらいで、一気にすべてが解決されるものではありません。
ですが、こういった会話の一つ一つが二人の関係性を作り上げていきます。

さて、とはいえ、ついつい「どうして」と口をつくのは、普通のことでもあるんです。
お互いを必要とし合っている男女であれば。
だから冒頭で、「どうして」を頻繁に使っていることに心当たりが「ない」男女は、もしかしたら危険水域と言ったんです。

なぜなら、理由を聞きたいわけでもないのに「どうして」を使うのにはわけがあるから。
その辺のこともいずれ記してみようかと思います。
関心のある方が多ければですが。


執筆者:カウンセリングMaNa 高島 昌彦