寄り添う

丹下坂心理カウンセラー

2016/6/19

目の前に苦痛に顔を歪めた人がいると、声をかけたくなるのが人間。
「大丈夫?」
「どうしたの?」
「具合悪い?」
「どこが痛いの?」

症状の度合い、種類によっては薬を探したり、救急車を呼んだり。

その人の苦痛を察し、感じ、何とかしてあげようと必死になる。

適切(かどうかは、わからないが…)な判断と処置により、目の前で苦痛に満ちた人の表情が和らいでくると、とても安堵感を覚える。
「よかった!」
「よくなってきた?」
「痛みとれてきた?」

今、目の前にいる母には、すでに意識がない。昼夜問わず、一日に何度も苦痛の表情を浮かべる。
「痛いの?」「どこが痛いの?」「早送り(痛み止めの増量)頼む?」

返事がない。意識がないから当然である。
そうすると、こちらはどうにかして苦痛を取ってあげたくて、思考を巡らせる。
思考を巡らせるためには、まず感情(気持ち)を働かせる必要がある。 
感情を働かせると言っても、それは自動的に起こっている。

「どうしよう?痛がってる」…不安
「ナースコール?熱?お腹の痛み?背中の痛み?」…焦り
「ナースコール何回も呼ぶのは悪いし、でも…」…葛藤
「何すればいい?」…無力な自分への怒り
「結局何をしても痛みは取ってあげられないよね…」…悲しみ、無力感

苦痛を何とか和らげようとしているのは、表面上は「母のため」だが、実はそれはすべて「自分のため」ではないだろうか?

実際に苦痛を感じているのは「母」だけれど、不安、焦り、葛藤、怒り、悲しみそして無力感、それらを感じているのは他の誰でもない、この「自分」である。

自分が感じたくないために、何とかしようと思考し、行動する。
その私の刻々と移ろいで行く感情に、母はさらに苦痛の表情を色濃くする。

「不安なんだね」
「焦ってるんだね」
「悲しいんだね」
母が私に、そう寄り添ってくれる。だからこそ、より一層、苦痛の表情を浮かべるのである。

こんな状況にあっても、母の愛情はどこまでも深く、広い。

「痛いよね」
「辛いよね」
「苦しいよね」
私に寄り添ってくれた分、そう母に寄り添おう。足りないかもしれない、でも、量ではないのだろう。

そう、これは母が今教えてくれたこと。
「そこに言葉いらない、感じなさい、相手の気持ちを察しないさい、そしてその気持ちに気づいてあげなさい、それが『寄り添う』こと」、と。

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